ういっす。笠です。
更新遅れましたが、前期レポートうpしようと思います。
個人的な野望としては提出レポートを全て漫画レビューとして出してしまえというもんがあるので、
今後もポツポツ漫画関係のレポートをここにうpしていこうと思っとります。
最終的には卒論もここにうpできたらいいな。いいな。

今回のレポートは、<伝統社会史論>という「差別」や「武士道」という、主に中世から近代日本の思想
をテーマとした講義に提出したものです。む、部落差別と漫画と言えば、かの有名な『カムイ伝』あたり
を持ってきてやろうじゃねーか。ということでこの古典を四方探し回って、結構遠くの図書館まで借りに
行って読み漁ったのでした。まぁ正直他のレポートもあって期限がカツカツだったんで下限2000字ギリギ
リに仕上げちゃいました。時間があればあと3000字は書けそうだったんだけどなぁ。いずれ、メインのレ
ビューで書ける時がきたら続きを書こうと思ってます。いやー読み返すと結構稚拙なもんですが、ちょっ
とずつマシになっていけばいいなと思いつつ今はこれが精一杯。勘弁してください。


―士・農・狼・商・忍・非忍―          
多人称の時代活劇『カムイ伝』


白土三平が『カムイ伝』を執筆したのは1964年九月。江戸時代を舞台としたその作品はそれから八年の歳月に
渡って『ガロ』に掲載された。その後も外伝を経て、現在第二部と現在も物語は続いている。さて、この漫画が
長きに渡って評価され続けているのはなぜか。史実に基づいた緻密な時代背景、凄惨な差別描写、忍者や浪人の
間で繰り広げられるアクション…。語り尽くせないほどの要因がこの『カムイ伝』を名作に押し上げているわけ
だが、「武士道」や「被支配」と「被差別」をテーマにするにあたって、本文はこの作品の持つ「多人称視点」
という特性を特に取り上げてみたいと思う。

 多人称視点とは

江戸時代の徳川封建制度を指す有名な文句として、「士農工商」という言葉がある。これに当時被差別民とい
う立場に置かれていた「穢多」「非人」という階級を加えて「士農工商穢多非人」という俗語も生まれた。し
かし、この言葉は本来江戸幕府に大きな影響を与えた儒教の言葉であり、当時の階級制度を的確に示すもので
はない。「士農工商」の「士」に当たるのは武士・侍であり、これはよいとして、「農」は農民、つまり百姓
であり、「工商」に当たる町人との間に階級的上下関係はなかった。そして当時の政治で支配階級にあった武
士が、被支配階級の町人や百姓の反抗心を抑える為に機能的に設置したのが「穢多」や「非人」という最下層
階級であった。
『カムイ伝』では、各階級における主人公が存在し、その他様々な立場にある登場人物が架空の藩である
「日置藩」を舞台に錯綜する。そのキャラクター達の持つ階級、あるいは特性は、「士農工商穢多非人」なら
ぬ、「士農狼商忍非忍」とでも呼ぶのがふさわしいだろう。そして各々のキャラクターにリンクしていくこと
によって、読者は多角的な視点から物語を読み解くことができるようになっている。今回私は、各キャラクター
の置かれた立場から、階級制度のもたらすものについて考察していきたいと思う。

CASE1 「士」の立場から…草加竜之進
『カムイ伝』中、多数用意された「武士」という立場の人物の中でも、代表格はやはりこの草加竜之進をおいて
他にはいないだろう。竜之進は武士という恵まれた家系に生まれながら、策略に巻き込まれ非人の身分に身を
置くことになる。その後は仇である目付けの橘軍太夫を討つことに生きがいを賭けるのだが、非人である間も
最後まで「武士」であることの誇りは持ち続けていた。しかし、捨て切れなかったとの見方も出来る。
このことが明確に現れているのが竜之進が家臣の一角と共に非人部落へ来た直後の場面だ。
(非人の仕事の最中、百姓に嫌がらせをうける場面:小学館業書4巻162P)
百姓「おい、きたねえの…この道は通ってもらいたくねえのう」
「そげなものをもちこまれちゃ、稲のできに影響するだ」
「そらっ、まだわかんねえだか!?」
(桶を蹴りつけられる)
竜之進「うぬ!!よ、よくも武、武士に向かって……!!」
この時、竜之進は頭もまばらに剃られ、服も汚いもので、格好はまるっきり他の非人と同じものである。
そして、戸籍も全く非人のもので、もはや武士という地位はまったく過去のものとなっているのである。
であるにもかかわらず、この後も非人の食べ物に手を全く手を付けずに餓死寸前まで衰弱したりと、環境の変化に
全く適応できていないが、無理もないことである。竜之進にとって非人の存在などはいままで目にも入らなかった
ようなもので、支配階級であるという自覚すらなく、武芸に励んでいたのだから。そして全く深層の心理の奥深く
までに刷り込まれた、武士であるという漠然とした誇りだけが彼の自己を確立していたのだろう。そしてこれは竜
之進だけでなく、当時の多くの武士像にも当てはまるのではないか。被支配者階級の犠牲の上に成り立っていると
いう自覚も無く、いや、自覚はあったとしても、それがまるで当たり前のことで、まったく同じ人間であるという
ような考えさえ持っていなかったのだろう。

CASE2 「農」の立場から…正助
百姓の中でも身分の低い下人の子として生まれた正助は、上昇志向が強く、また禁止されていながら勉学を学び他
の農民の子に教えるなど、階級制度を脅かす行動を取り続ける。正助の力によって分裂政策を取られていた百姓と
非人同士の結束も生まれ、ついには一揆の指揮を執る。とびきり頭の切れる子供として描かれる正助だが、彼は作
者から「階級制度からの解放」という役目を与えられていたのだろう。もしもこの時代にこんな人物がいたら…、
いや、いたはずだ。それがどのような役目をこなせばこの動かしがたい差別政策を粉砕しうるのか…。それを体現
する正助は、作中で最も中心に位置する人物の一人として活躍した。そして正助の特性はその頭のよさだけではな
く、非人にも百姓と同じように接する優しさ、すなわち差別心の薄さが強調されて描かれている。他の多くの百姓
が非人に対して敵愾心や「穢れ」を抱いており、強烈に迫害することが日常的に描かれていることによって、上流
階級の「士」に対してだけでなく、下流に位置する「非人」に対しても平等性を主張すると言う正助の心理がいか
に生まれにくいものかということを浮き彫りにしている。

CASE3 「非人(非忍)」の立場から…カムイ
『カムイ伝』というタイトルとは裏腹に、カムイは必ずしも常に物語の中心にいるとは限らないが、「非人」とし
て生まれたカムイが支配階級に対してどのように絡んでいくのか…という点こそ本作の骨組みといえるものである。
カムイは他の非人の人たちと変わらない全く普通の非人の家庭に生まれたわけだが、どういうわけか正助以上に異
常な上昇志向を持って育った。これこそがカムイが主人公たる資格なのだが、逆説的に言えばやはり多くの非人の
人々は支配者階級に対して反抗することを諦めてしまっていたということを示しているのだろう。強さを求めて忍
びの世界に足を踏み入れるカムイだが、そこでも多くの苦難と葛藤の日々を過ごすことになる。

この作品の面白いところは、物語の進行が全く読めないところにある。ここでは紹介し切れなかったが、魅力的な
キャラクターが続々現れ、舞台はより混沌としていくのだ。非人頭で目付けの手下でありながらカムイを気に入る
横目。商人の代表といえる夢の七兵衛。非人のカムイを自然界に投影した一匹狼のカムイ。カムイの忍びの師匠で
あり抜忍の赤目。悩みながら剣に生きる片足の水無月右近。そして正助の片腕でヒューマニズムあふれる苔丸。
そして『カムイ伝』は本作に於ける最大のポイントにさしかかる。カムイは自らの苦境を打開する為に力を求めた。
しかし、同じく苦境を打開する為に、勉学と民主主義に訴えた正助の方が、結果的に『カムイ伝』の世界をより大
規模にわたって変えてしまうに至ったのだ。タイトルを『カムイ伝』と名づけた作者本人にすら、これは当初には
予想し得ない展開だったのかもしれない。しかし、物語というのものは時に作者の思惑と裏腹に、より奥深い展開
に自らをいざなうことがある。たかが漫画と馬鹿にすることなかれ、我々がこの作品から学ぶことは多い。